迷い線だらけのプロダクト

例えばFacebookにウェブからアクセスして、しばらく彷徨うとソーシャルゲームにたどり着けます。

AppleのガイドラインによってiOSへの提供が困難になったため、最近はめっきり話題になりません。

Facebookのほかにも、運営期間が長いプロダクトには「こんな機能があったんだ」というものが、少し探すとたくさんあります。

これらの機能は内部では「負債」と認識されます。以下のような状態の機能に思い当たる方も多いのでは。

  • あるユースケースに特化しているため仕様は複雑。
  • 特化しているから使う人は少ないが、一部の人からは熱狂的に支持されているため無下にしづらい。
  • 複雑だからメンテもしづらい。
  • 他を改修をするにはボトルネックになる。

エントロピーの増大によって誕生してしまった忌み嫌われる存在。

僕も気をつけたいと思っていますが、きっと未来の誰かに「負債を企画したひと」と評されるのでしょう。

なので先に謝っておきたいです。すいません。


この記事内では、こういった機能に対して敬意を込めて「迷い線」と呼ぼうと思います。

迷い線とは、絵を描くなかで発生する、絵の骨格を探るための線のことです。

以前、お宝を鑑定するあの番組で「贋作は『完成』がわかっているから迷いがない」と言っていたのが印象的で、なぜかそれだけ覚えています。

逆に言うと運営期間が長いプロダクトに存在する「迷い線」は、彼らが正解を作ってきた第一人者である証拠なのかもしれません。

一方で(好意的言えば)継ぎ接ぎだらけのコラージュのようなプロダクトもたくさんあります。

正解Aと正解Bを足してオリジナルに昇華させた「C」を生み出すわけでなく、それらを足したままの「A+B」を提供するパターンです。

僕の周りには迷い線のない「A+B」がたくさんあります。彼らは正解を知っているので迷わないのです。いつ見てもプロダクトはピカピカです。

しかし「A+B」を提供する人たちは、世の中の風向きが変わって困難に遭遇した際に、自分たちで迷い線を引きながら正解を探せるのでしょうか。

僕の周りでは、見つけることも探すこともなく、残念ながらクローズしてしまうプロダクトだらけでした。迷い線もない、ピカピカな状態で。

迷い線だらけのプロダクトは強いです。

彼らは迷いながら正解を探すプロセスのなかで、他者が知ることが出来ない知見を得ます。

そういった表面的な機能には現れない知見が、競争力の源泉となり、運営継続力に繋がるのです。

であれば、不要になる可能性を理解した上で、たくさんの迷い線を引くことが重要なのでしょう。急がば回れ的な。